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東京地方裁判所 平成2年(ヨ)2212号 決定

債権者

高橋晋

井上丹

右債権者ら訴訟代理人弁護士

井上幸夫

橋本佳子

江森民夫

鴨田哲郎

中野麻美

債務者

有限会社東京教育図書

右代表者代表取締役

上村浩郎

右債務者訴訟代理人弁護士

増岡由弘

青田容

主文

一  債務者は、債権者高橋晋に対し、平成二年三月から平成三年二月まで毎月二五日限り金二五万六三六四円を仮に支払え。

二  債務者は、債権者井上丹に対し、平成二年三月から平成三年二月まで毎月二五日限り金二九万〇一九三円を仮に支払え。

三  債権者らのその余の申請を却下する。

四  申請費用は債務者の負担とする。

理由

第一当事者の求めた裁判

一  申請の趣旨

1  債権者らが、債務者に対して、労働契約上の地位を有することを仮に定める。

2  債務者は、債権者高橋晋に対し、金三三四万七二〇〇円及び平成二年三月から本案判決確定に至るまで毎月二五日限り金二七万一六〇〇円を仮に支払え。

3  債務者は、債権者井上丹に対し、金三五〇万〇六〇〇円及び平成二年三月から本案判決確定に至るまで毎月二五日限り金二九万六三〇〇円を仮に支払え。

4  申請費用は債務者の負担とする。

二  申請の趣旨に対する答弁

1  本件申請をいずれも却下する。

2  申請費用は債権者らの負担とする。

第二当裁判所の判断

一  債務者が数学・英語教材の作成販売及び数学・英語教室の経営を行っている有限会社であり現在の従業員数が六名であること、債権者らが債務者の従業員であったこと、債務者が昭和六三年三月二五日債権者らに対し整理解雇をする旨の意思表示をしたこと(以下「本件解雇」という。)債権者高橋晋(以下「債権者高橋」という。)が債務者の従業員で組織する東京出版合同労働組合数学教育研究会分会(以下、単に「組合」という。)の委員長であり、債権者井上丹(以下「債権者井上」という。)が同分会の副委員長であることは、当事者間に争いがない。また、疎甲第一号証によれば、当庁昭和六三年(ヨ)第二二六九号地位保全仮処分申請事件において債務者に対し平成元年三月から平成二年二月まで債権者らに対する賃金の一部の仮払を命ずる仮処分決定が出されていることが一応認められる。

二  そこで、本件解雇の効力について検討するに、当事者間に争いのない事実及び本件疎明資料によれば、次の事実が一応認められる。

1  債務者は、主として小中学生を対象とする教室(塾)の開設、指導にあたる者を募り、これに応じて教室指導者が開設した教室に債務者の開発した教材を提供するとともに教室の運営及び生徒指導について助言、援助をし、その対価として教室から生徒が教室に納める入会金、会費の一定割合の支払いを受けるといら業務を行っている。

2  債務者の昭和六〇年度(同六〇年四月から同六一年三月まで)の営業収入は二億五七九七万一九八四円で、二五七六万八二三一円の営業利益を計上していた。ところが、同六〇年一二月末から同六一年三月末にかけて債務者の大阪支局の従業員が順次退職して債務者と同種の営業を営む新会社を設立し債務者に所属する教室の指導者を勧誘して新会社に所属せしめるなどしたこと等が原因で債務者の所属教室数及び生徒数が大幅に減少した。このため、債務者の同六一年度の営業収入は一億九五五九万四四四七円に減少して一一〇〇万五九六二円の営業損失を計上し、同六二年度の営業収入も一億八〇二〇万四七四二円で五六〇万六六三九円の営業損失を計上した。

3  債務者の当時の従業員一六名中債権者らを含む八名の従業員は、同六二年五月二日組合を結成し、同月一九日債権者に組合結成通告をした。ところが、債務者は、組合員に対し次のような措置をとった。

(一) 同月二二日佐藤光良(当時委員長)、小金洋子(書記長)、債権者井上(副委員長)、目黒佐和子に対し、従前担当していた編集等の仕事を止めさせて教室指導者募集のためのダイレクトメール送付先を戸別訪問するよう命じた。この際、債務者の上村純子取締役は予め電話で訪問先の都合を確かめる方法をとることを禁じ、玄関先で断られる苦労を味わって来るよう述べた。

(二) 六月三〇日佐藤及び目黒に数学の試験を実施したうえ成績が悪いとして七月一杯は他の仕事をせずに数学の学習を業務として行うよう命じた。目黒は同月一五日解雇され、佐藤は胃潰瘍のため同月二〇日から入院を余儀なくされ同年九月二四日に退職した。

(三) 同年七月二一日債権者井上及び小金に対し七月一杯自宅で過去の勤労態度を反省し自己変革を遂げて出社するよう命じ、その後自己変革建白書なる書面の提出を要求し、八月には右両名に対し戸別訪問を中止させてトイレの清掃、落書消しを命じ、その後は教材の発送作業等単純作業のみをさせた。同年一〇月新たに委員長となった債権者高橋に対し教材編集の仕事を止めさせ、宛名書きやチラシの配付を命じた。

(四) 同年一二月一五日債権者高橋に対し生徒増の方針書の提出を、債権者井上及び小金に対し戸別訪問の報告書の提出を、西野尚美に対し退職した佐藤からの金員の回収を業務命令書なる文書で命じ、これを拒否した債権者高橋及び西野に対し出勤停止処分をした。同六三年一月債権者高橋に対し健康診断の受診命令を出したり、同人の提出した生徒増対策の報告書の受取りを拒否したうえ再提出を命ずる等した。

4  債務者は、組合の同六二年夏季一時金及び冬季一時金の要求を拒絶しながら、非組合員に対しては同年七月及び一二月にそれぞれ一時金を支給した。

5  債務者は、同六二年一一月九日組合に対し希望退職者二名を募集する件について話合いを申し入れ、同年一二月二六日に開催された組合との話合いにおいて、希望退職募集の理由として生徒数の減少に伴い売上高が年々減少しており経営難の状況にある旨を述べるとともに希望退職の条件を提示したが、それ以上の具体的説明をほとんどせず、組合の具体的資料の提示要求を拒絶した。さらに、債務者は右話し合いの席上、上村純子取締役が辞任して会社債務についての個人保証を引き上げる意向であるので、希望退職者は二名では済まず、できるだけ多くの者に退職してもらいたい旨を述べた。同六三年一月以降開催された団体交渉においても希望退職募集の件が取り上げられ、債務者は希望退職募集の期限を同年二月末とする旨を表明したが、具体的説明や資料の提示は行われなかった。債権者は同年二月一六日従業員に対し同年二月末を期限として希望退職者を募集する旨の文書を出したが、期限までに応募する者はなく、同年三月二五日債権者両名に対し本件解雇の通告を行った。

6  債務者は、本件解雇前からアルバイトを募集し、本件解雇の翌日に債務者代表者の次男を就労させ、同年四月にアルバイト従業員を採用し同人が同年五月に退職した後もアルバイトを募集していた。

また、債務者は、所属教室からの納入金の値上げや生徒の月謝の値上げを安易に行うことはできないと主張しながら、本件解雇後である平成元年一月に会費等の値上げを表明し、同年四月から順次実施している。

以上の事実が一応認められ、これに反する疎明資料は採用することができない。

右一応認定の事実によれば、本件解雇当時債務者の営業収入は減少し営業損失を計上していたものであるが債務者が倒産の危機にあるという切迫性の程度については疎明がなく、同六二年の夏季及び冬季一時金を非組合員には支給していること、希望退職募集の説明の際上村純子取締役が辞任し個人保証を引き上げる意向であることが希望退職募集の一因である旨述べたこと、本件解雇の前後を通じてアルバイト募集を行い本件解雇直後にアルバイト従業員等の採用を行ったこと、本件解雇後に会費等の値上げを実施したこと等の事情に照らすと整理解雇の必要性を認めるには足りず、かつ債務者が整理解雇回避のための努力を十分に行ったということもできない。また、右5の一応認定の事実によれば、債務者は組合に対し希望退職募集や整理解雇についての十分な事前説明を行ったとは言い難い。さらに、被解雇者として債権者らを選定したことに合理性が認められるか否かについてみるに、本件疎明資料によれば本件解雇に際し債権者らを含む従業員について業務上の指揮命令、積極性、協調性等一〇項目を評定項目とする人事考課表が作成され債権者らに対しかなり低い評価が行われていることが一応認められるが、右3に一応認定したとおり債務者が組合結成後組合員に対し過剰な業務命令を発する等の措置をとっていたことに照らすと、債務者の債権者らに対する右各評定項目についての評価が公正かつ客観的に行われたものとは認め難く、本件解雇における被解雇者の選定は合理性を欠くものであるというべきである。

以上によれば、本件解雇は、整理解雇の必要性を認めるに足りず、解雇回避の努力や解雇についての事前の説明を十分に行ったものとはいえず、被解雇者選定の合理性を欠くものであるから、解雇権の濫用に該当し無効である。

三  保全の必要性

1  本件疎明資料によれば、債権者高橋は、妻、子二人(七歳、三歳)、老齢の父母の五名の扶養家族を有し、債務者からの賃金を唯一の収入とし賃金の支払いを受けられないと生活に困窮すること、本件解雇前の昭和六三年一月から三月まで毎月二五日に一か月平均二五万六三六四円の賃金を支給されていたことが一応認められ、右一応認定の事実によれば、債権者高橋には債務者から賃金の仮払を受ける必要性があり、その金額は右の平均賃金額とするのが相当である。

2  本件疎明資料によれば、債権者井上は、妻、子二人(一一歳、四歳)、老齢の母と同居し、妻には一か月約一五万円程度の収入があるが住宅ローンを毎月一一万八五六三円返済しなければならず債権者井上の債務者からの賃金収入が生計の維持に不可欠であること、本件解雇前の同六三年一月から三月まで毎月二五日に一か月平均二九万〇一九三円の賃金を支給されていたことが一応認められ、右一応認定の事実によれば、債権者井上には債務者から賃金の仮払いを受ける必要性があり、その金額は右の平均賃金額とするのが相当である。

3  債権者らは、本件解雇から本案判決確定に至るまでの賃金の仮払(平成元年三月から平成二年二月までは前記一の仮処分決定により認容された仮払額との差額)を求めているが、平成二年二月までの分については過去分の支払いを受けなければならない特段の事情を認めるに足りる疎明はなく、また将来の事情の変更の可能性を考慮すると平成二年三月から平成三年二月まで毎月二五日限り仮払を命ずるのが相当である。

4  債権者らは、労働契約上の地位を仮に定める旨のいわゆる任意の履行に期待する仮処分をも求めているが、賃金の仮払を命ずる以上にこのような仮処分を必要とする特段の事情を認めるに足りる疎明はなく、右仮処分を発すべき保全の必要性は認められない。

四  よって、本件仮処分申請は、主文第一、二項の限度で理由があるから保証を立てさせないで認容することとし、その余については保全の必要性につき疎明がなく、保証を立てさせて疎明にかえることも相当でないからこれを却下することとし、申請費用の負担につき民訴法八九条、九二条ただし書を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 阿部正幸)

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